珈琲店を思い出す

近年、青山・表参道の本格珈琲を楽しめる店が閉店しているように感じられます。最新鋭のファッションが並ぶ表参道では、毎日のように新しいカフェがオープンし、そう長くはないうちに、前にあったものの存在を忘れていきます。光のようなスピードで毎日が変化していくこの街で、古き良きものがあり続けるには、常に新陳代謝をしなければならないのでしょうか。新しいものが良きものとされて、古いものはなくなり、すぐに忘れ去られてしまうのかもしれません。しかし、青山・表参道には今はなくとも、その存在がはっきりと記憶に残るようなカフェがいくつもありました。

そのひとつが、大坊珈琲店。少々狭い階段を上がってお店に入ると、昔ながらの喫茶店という雰囲気に飲み込まれ、すぐに玄人が楽しむ珈琲の世界へ連れ去られました。一つ一つのコーヒーカップはお店のレトロ感をひきたたせ、注文してからネルドリップでマスターが淹れる珈琲を待つ間、本を読んだり、お店の雰囲気を楽しんだりと、極上の時間を過ごせたのです。そこに集う人々が玄人ばかりかというと、そうでもなく、珈琲初心者の学生やスマホをいじる暇つぶしの会社員などが静かに混在しているお店です。

注文する際には、珈琲豆のグラム数が選べたり、聞きなれないメニューがあって困惑したりと、初めて本格的なコーヒーの世界が垣間見た瞬間が訪れます。そしていざ目の前に、なんとも美しいカップに入れられて濃い褐色の珈琲がゆらめくと、その存在の奥深さに気が付くのです。そしてゆっくりドリップされた珈琲のぬるめの温度が、その珈琲豆本来のおいしさをひきたてるのに適温なのだろうと、思わされ、この店を訪れた人々は徐々に珈琲通へと変貌していきました。

この独特ともいえる、マスターのいる喫茶店の雰囲気。重厚で格式高さすら感じる喫茶店が、今の時代にあっているのかどうかはわかりません。しかし、物静かに本格珈琲の世界を見せてくれて、その奥深さを実感できる、そんな場所が新しい街で生き続けてほしいものです。